日々のこと。

すべては、いずれ思い出になります。

「子宮に沈める」

音楽の力技。シーンに音楽が流れなくてキツイ。

音楽らしきものは、登場人物の歌う童謡くらい。

音を楽しむと書いて音楽、もっと世界に広がれ音楽 !

 

何にでも、得意な人とそうでない人がいるのは

当たり前のことなのに、子育てに関してはそれが許されない。

産んだらいきなり出来ないとダメ、何が何でも。

産んだらいきなり完全に母親扱いだもの、怖いよね。

産まない選択をする人の気持ちわかるわ~。少子化進むわ~。

 

まず、向いてる、向いてないの判断が難しいのね。

学校で教えてくれないし、自分でも判断がつきかねる。

例えば、たいていの人は鏡を見たら

「あ、スーパーモデルになるの無理」って思うじゃないですか。

たいていの人は、遅くても中学生くらいまでには

「オリンピックに出るのは無理だな」って思うじゃないですか。

 

イチロー選手がまだ日本で活躍していた頃、

小学生の頃バッティングセンターに毎日通って練習した努力の人、

だからあんなに凄い記録を出せる ! みたいな話がね、

広く世間に知れ渡っていた訳ですよ、当時。

でも、それ、どうなのかな。

バッティングセンターにつきあっていたお父さん、

正直最初の頃は、2~3ヵ月すれば飽きるんじゃね ?

って思ってたんじゃないかな。7年も続くとは思ってなかったのでは。

ある日、お父さんか本人かに「ヤベェ、イケル !」みたいな

そういう「気づき」があったんではなかろうか。

向いてるか向いてないかって大切だと思うんです。

早い時期に自分で見極められたからこその現在だと思うのです。

 

ドキュメンタリーではないけれど、この映画は

大阪二児餓死事件をモチーフにしている。

ルポ虐待 (杉山春 著) も読んだし、報道で見る写真の母親は

まだ幼さの残るかわいい女の子で、1人で子育てをするのは

どう見ても無理だろうと思わせるものがあった。

別れた相手や、周囲の大人もいたことだし、

彼女だけを責めるのもどうかと、少しだけ思った。

自分1人ではどうしようもない状態になった時、全てを

シャットアウトして、現実逃避する気持ちも少しだけわかる。

 擁護できないくらいの現実がそこには残されてしまった訳ですが。

 

ドキュメンタリーではないので、映画について、だけ。

 

ロールキャベツを作る母親。

豪華なお弁当を作って、雨が降っているから (?)

リビングにピクニックシートを敷いて楽しくお食事。

ご丁寧に親子で帽子までかぶってピクニック気分。

いい母親、いい家庭の磁場が強すぎる。

常にギャラリーを意識しているような落ち着かなさ。

私が男だったらこの家には帰りたくないなと思っていると、

夫が荷物をまとめて出て行く。この映画の中で共感できたのそこだけ。

 

3人で暮らし始めたとたん、早く、早く、と何かと子どもを急かす母親。

我慢して作り上げた母親像はあっという間に崩壊する。

娘のリクエストのオムライスには応えず、大量のチャーハンを作る母親。

 一人遊びしながら「昨日ね、海行ったんだよ」と言う娘。

もちろん、そんな事実はない。

久しぶりに髪をキレイに編んでもらう娘。

「早く帰ってちてね。いってらっさい」

出ていく母親。淡々としているようで確実に鬼として描いている。

内容的に仕方がないけれど、キツイ。

 

事実を把握できないながらも、弟の世話をしたり、日常生活を続けようとする娘。

淡々と食料をあさる姿が、切なさのメーターを振り切る。

いっそ泣き叫んでくれればいいのに。鳴き声は弟のものだけ。

 

「ママ~遅いよ~、ママ~遅いよ~、ママ~遅いよ~」

必要最低限の言葉しか発しない娘が、やっと帰宅した母親に向けた言葉。

責めている訳ではないけれど、非難したところでもうこの母親には届かないのだ。

母親ではなく鬼が帰ってきたのだから。

 

ラストシーンが非常に不快。見ない方がいいと思います。

 

監督:緒方貴臣 日本 2013