日々のこと。

すべては、いずれ思い出になります。

「少年事件を報じるということ」

本屋B&B移転したんですね。

石井光太さんと、「謝るなら、いつでもおいで」の川名壮志さんの対談です。

行かねば。

 

謝るなら、いつでもおいで、というのは川名さん自身の言葉ではないのですが、

謝るまで許さない、謝っても許さない世界に身を置かざるをえない日々を

過ごしがちな人間は胸を衝かれます。その立場でそう言えるとは …

被害者家族に対する寄り添い方についてもお話が聞けました。

正解はないけれど、人は光を見たい、生きたいと思う心があれば

どんな形であっても、善意を辿って癒されていくのかもしれない。 

 

支援する側と支援される側の「交わらなさ」についてのお話もあり、

石井さんは「チャンネルがあう」という言い方をしていましたが

そいうい感じは確かにあるなと思いました。

相手に届かない支援を続けるというか、的の外れたアドバイスの有難迷惑感。

受け入れる側の理解のなさというか、楽に流れる感覚。かみ合っていない。

上下関係が決まっている方がスムーズに運ぶ場合もあるけれど、

認められていないのに上に立ってはいけないですよね。

 

「人を知れば、自分の価値観は必ず壊れるもの」という石井さんの言葉。

自分の方法論をおしつけては見えなくなるものがあり、善悪は1つではなく、

正しい形はそれぞれにあるという事。わかる、わかってはいるのだが !

理解はできても行動にうつすのは難しいです。

 

「逃げる場所、逃げる手段は多く持っていた方がいいと思う」と。

悪意ではなく、子どもの為 (ひいては自分の為な訳ですが) の親の言動が

子どもを追いつめる場合もあります。最近よく話題になっていますね。

親子であっても信頼関係を結ぶことは、いと難しき。

正解はありません。

 

2018年1月13日 本屋B&B

石井光太×川名壮志「少年事件を報じるということ」