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日々のこと。

すべては、いずれ思い出になります。

石井光太さん トーク & サイン会

聞き手:相場英雄さん

 

虐待はそんなに他人事ではないのかもしれない。

何かのきっかけで「しつけ」を大幅に逸脱することもあるのかもしれない。

ちょっとしたズレで、とんでもない結果になる実話が3つ。

でも、読んでいて感じる「ズレ」は修正がきかない類のズレ。

 

メディアでは自主規制される部分に踏み込むことができるぶん

取材現場はとてもディープな世界。

犯罪者本人がヘンなのはもちろんのこと、周囲の人間もみんなヘン。

インタビューする人みんなヘン。ラスボスしかいない世界だそうです。

なんか想像がつく。

類は友を呼ぶっていうけど、似たような感覚の人が集まって

「常識」を決めてその中でだけ生活していると、

周囲と感覚がズレていても気がつかなくなっていく。

みんなと同じだから安心、これが普通、で、思考停止している感じ。

 

「亡くなった子たちは1人も親を恨んでいないと思う。

 帰ってきてくれるのを待っていたし、一緒に遊びたいと思っていたと思う」

こういう事件取材をして落ち込むことはないか、という質問に

「落ち込むことは自己中心的なんですよ」

自分に託された部分を伝えていかなければいけないと思う、と言っていた。

取材した事実だけが書いてあり、誰の事も批判していないし、感情的な記述もない。

それは意識してそうされているそうだ。

読み手の解釈に任される分、立場によって感じ方も違うのかもしれない。

嫌だなと思うこともあるけれど、それならばやらなければいい事だし

いろいろ言うのはかっこよくないと思うんですよね、と言っていて

こういう美学のある人っていいなと思い、姿勢を正す。

 

聞き手の相場氏が、非正規雇用者が増える危機感を語った際に

「僕たちも非正規雇用者ですけどね」とサラッという姿が

地に足のついた現場の人として取材している感じでかっこいい。
 

サインをしながらそれぞれの方と気さくにお喋り。

話しながらサインするのって結構難しそう。

前の人からの話の流れで

「子どもはいますが、虐待はしていません」と宣言する。怪しい。

本の中の親たちも一様に「愛していたのに、殺した…」と言うらしい。

愛していたし、面倒もみていたし、虐待をしたつもりはない、と。

子ども死んでるのに。

 

帰宅してから子ども相手に、本のページを示しながら

「このお母さんの行動は私もよくやっちゃうやつ、

 その影響でこの子の性格がこうなっちゃうんだけど、

 この子、大人になって自分の子ども殺しちゃうのよ。

 虐待する人は、自分もネグレスト状態で育ってるのね。だからさ…」

 

あなたは虐待されてると思う ? とはさすがに聞けない。

 

「お母さん、今日も楽しかったみたいですねぇ」と子どもがニヤニヤしている。

そうなの、そうなの。今までさ、サインもらう人が不思議だったのね。

何に使うのかなぁ~って。ラーメン屋でもないのにって。

でもさ、目の前でサイン書いてもらったら嬉しかったよ。

見て見て、名前も入れてもらっちゃたんだよ。

そそくさと寝る準備をはじめる子ども。

ちょっと~、まだ話してる途中~、「親の話を聞きません」って

スクールカウンセラーに相談しちゃうぞ~。

 

石井氏の発言は、私が低め安定の記憶力で思い出しながら書いたもので、

正確なものではないです。すみません。

 

2016年9月2日 三省堂書店池袋本店「Reading Together」

『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』刊行記念