1年前の話 お通夜の日のこと。

連日の猛暑である。自宅での葬儀はできそうにない。

斎場は連日大盛況。一番早い日程は8月2日。それでお願いします。

冷凍設備のある安置室でその日まで預かってくれるらしい。

 

遠いところからわざわざ駆けつけてくれた親戚に

数珠が違うことを指摘される。

浄土真宗の数珠は輪が2つになっているものが正式らしい。

今まで何をしていたんだ、私たちは。

そういえば、母だけ二重の数珠を持っている。抜けがけか。

 

背広に拘りのある人だった。

家に来た仕立て屋さんに採寸されている父親を思い出す。

死装束に背広を着せたいという姉が言う。

斎場の担当者に相談すると、それはできないと言われる。

三途の川にはドレスコードがあるらしい。

死後硬直した身体に背広を着せるのは無理なのだろう。

お気に入りの一式を一緒に納棺することで話がまとまる。

 

三途の川の渡し賃はどうするの ?

印刷の六文銭を斎場で用意してくれるらしい。

向こうで困ったらかわいそうなので、

子供銀行のお金を5万円ほど内ポケットに入れておく。

渡し賃値上がりしてるかもしれないし、

地獄の沙汰も金次第って言うしね。

地獄に行くのか ?

子ども達の行い (弔い) が悪いので、地獄行きかもしれぬ。

 

何色かある装束の中から決めかねる同居家族にかわって

「これが似合いますから」と勝手にチョイスする私。

死化粧をほどこしてくれる方も私に確認を求めてくる。

 

  眉毛をもっとこうキリッと、怒っているみたいな感じで

  つり上げてください。

 

そういえば垂れ下がった眉を嫌ってたよね、と親戚一同が笑う。

じぃさんくさいからって言ってたね。じぃさんのくせに。

 

 口元も、もうちょっとこう…

 

穏やかな顔は、筋肉弛緩で頬や口元が垂れはじめているからだ。

こんな穏やかな顔は父親の顔ではないが、安らかでないよりはずっといい。

顔を整えながら、次々に抜けるまつ毛をその都度

丁寧にとりのぞいてくれる姿を見て、静かに諦める。

 

  ありがとうございます。

 

斎場の担当者の言うがままに、慣れないなりに何とかお通夜を終える。

通夜振舞いの食事にお刺身や唐揚げが入っていてビビる。

私たちは食べちゃダメだよね ? 危ない危ない。

 

斎場には宿泊施設もある。泊まる気マンマンの私と子ども。

「そうね、そうしてくれたらお父さん、さみしくないわね」

帰る気マンマンの母と姉。

この人達はたとえ身内だろうと遺体が怖いのだ。

悲しみ方は人それぞれだ。大切にする方法も人それぞれ違っていい。

 

宿泊しても、部屋に遺体を連れてきてくれる訳ではないそうだ。

冷凍保存されているからだ。この猛暑、添い寝したら腐るのだ。

あ、じゃあ宿泊はいいかな~、とたんに尻込みする私。

父親もそばにいないのに、子どもと2人で満員御礼のここに泊まるなんて嫌だ。

よその方が来たらどうするんだ。わりかし人見知りな方だ。

それでも子どもは泊まると言いはるが、よその方の話をして納得させる。

この子は人百倍怖がりな子だ。いつもは厄介だが、今回ばかりは助かった。

 

自宅へ帰る道が違う。来た時と違う。近道 ?

霊がついて来ないように、往復違うルートを辿るのだという。

 

  ちょっと待ってよ。

  あんなに家に帰りたがってたんだよ ? 連れて帰ろうよ !

 

後部座席から運転手につかみかかるのはやめましょう。危険です。

「あそこ満員御礼。みんなついて来たらどうすんの ?」

平然と運転しながら兄が言う。

 

 

 

 

 

ここらへんは生前から行動範囲内なはずだ。

自力で頑張っておくれ、父上殿。

 

会葬御礼品にはお清めの塩が入っている。

もちろん家族である私たちにはない。玄関前で、

こういう場合も塩かけるの ?

いいよね、塩は。父さん入れなくなっちゃうし。

全員一致でそのまま家に入る。